作業療法の根底には、心と体が合わさって初めて人は何か活動的になれる、という哲学があります。体が良くなればそれでいいかというと、決してそうではないんですね。体は動けるはずなのに、気持ちが追いつかないと何でも億劫になってしまう。気持ちが高まれば、あれやってみよう、これやってみよう、とアクティブになれるんです。
車椅子テニスの国枝選手とか、『五体不満足』の著者である乙武さんとか、ご本人が障害を苦にしているかというと、決してそうではない、生き生きとしている。作業療法士が担うべきことは、何かしらの障害をもって自分をちょっと見失ってしまっている方に、光を示すことです。何か元気になれる活動を、会話をしながら一緒に探していくんです。調理が好きなら調理で、折り紙が好きなら折り紙で、スポーツをするならスポーツで。その人の活動源となるものを一緒に見つけて、一緒にやっていく。自分が好きなもの、得意だったもので成功体験を徐々に積んでいき、「まだまだやれるんだ」という気持ちにモチベーションを上げて行くんです。
通所リハビリに携わったとき、右の手足が動かない60代の女性に出会いました。歩くことは何とかできているんですが、日常の作業はぜんぶ左手で行っていました。旦那さんが家の家事をすべてやっているんですが、奥さんにとってはそれが辛い状況だったようです。
右手が良くなれば!という思いが常にあったようでした。そこで、料理が好きだということもあり、料理を用いてリハビリを実施することにしたんです。動かない右手で野菜を押さえ、四苦八苦しながら包丁で切ることから始めました。すると、徐々に右手が動くようになっていった。また洋服も、右手が使えないため、Tシャツやトレーナーなど頭から被る服しか着てなかったんですね。本当はボタンをとめるブラウスなどを着たかったのに。「じゃあブラウスも着てみましょうよ」ということで取り組み、こちらも何とか着られるようになった。特別なスキルを用いたわけではありません。やりたい、という動機付けを探してあげることでやる気を見つけてあげただけでした。
「人はどのようにすれば活動に動機づけられるのか。どうすれば価値観を変えられるのか。」
作業療法を行っていく中で、このことについてもっと学びたい、もっと論理的に追究したい、と強く感じるようになりました。
私は大学で作業療法士の免許を取りました。大学や専門学校の勉強は、国家試験に受かることが目標になっているので、知識の埋め込みみたいな内容になっちゃうんですね。大学院の方が作業療法についてきちんと学べるよ、と教授から言われていたので、自然と、いつか大学院に行きたいなと思うようになっていました。入職後は上司にも相談に乗っていただき、丸3年経った時に大学院を受験。働きながら研究をさせていただくことになりました。
動機付けから行動が習慣化するまでをまとめた作業療法理論があります。学部生の頃も勉強はしたのですが、少しかじった程度でした。その理論を、ちゃんと実感をもってしっかり吸収していこうと考えました。研究方法としては、まず通所リハビリの利用者さんと一緒に話し合うことで、興味があること・動機付けになりそうなこと、を見つけ出す。そこからQOLを高めるための活動を組み立てて、実行してもらう。その内容をまとめたレポートを大学院に提出するんです。研究の内容がそのまま仕事の延長になるため、患者様にも還元しやすい。
患者様は、過去に戻りたがる傾向が強いんですよ。
首から下が麻痺されている患者様は、あの時酔っ払って転ばなければこうならなかったのに、といつも昔のことを嘆かれていました。あの時こうしなければ、今頃はこうなっていただろうなぁ、と過去に囚われる患者様は多くいらっしゃるんです。これまでは、そういう気持ちをあまり尊重せず、現状を受け入れることを勧めていました。もうこういう体なんだから、それを受け入れて、もっと将来を明るく見ましょうよ、と。自分の視点ばかりで話していることが多かったように思います。研究を通して気がついたのは、その人の人生をちゃんと見ないといけないな、ということ。そこに気がついてからは、患者様と会話をすることが格段に増えましたね。どうなっていきたいか、ということも大事なんですけど、患者様が今の自分をどう思っているか、というところにこそ、現状を打開するヒントが隠されていることを知りました。人に対する興味がより一層沸いてきましたね。
一般的にイメージされやすいリハビリ像とは違う、「一歩一歩進み続けるための心のコントロール」という人間の根底に関わる作業療法に、大きな可能性を感じています。